青森、沖縄、グァテマラ、岡山で生活してきたカフェ好き主婦の自由なブログです。


by tyukita
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カテゴリ:1104〜育児、育自( 206 )

摩訶不思議なり

1日の終わりに、たった30分、30分だけ、眼鏡をとって、頭を空っぽにしておいしいコーヒーを飲みたいだけなのに、なんでいつもこんな時間になるんだ?
家事効率が悪いのだろうか?
なぎちゃんそうちゃん寝てから、皿洗い、風呂洗い、洗濯、畳んで、干して、部屋の片付けして、箒で掃いて、裸ん坊で寝たそうちゃんに服を着せ布団に運び、なぎちゃんに呼ばれて授乳し(これが長い、最近30分くらいかかってる気がする)、あと壊れたフライパンをちょっと直したり、明日出すゴミまとめたり、押入れにクリスマスプレゼント隠したり…
それで二時間半かかる?
…うーん。かかるかなあ。

最近なぎちゃんが体力ついたのか、昼寝時間が短くなり。かつ、重いので私があまりおんぶしなくなったため(仕事中一時間くらいおんぶしてるので充分だ)、日中の家事がかなり効率悪くすすんでおります。
22時くらいにはゆったりして、23時くらいの授乳時間に一緒に寝れるくらいにしたいんだけどなあ〜〜。

なんとなく、愚痴みたいな感じでした。
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by tyukita | 2016-12-15 23:33 | 1104〜育児、育自

おかあさん

なぎちゃんを抱えて、そうちゃんの要望を聞く。我ながら器用に片手でなんでもできるようになったものだ。
授乳しながらそうちゃんも抱っこする。
なぎちゃんが泣いたらあやしに行くそうちゃんが眩しい。
嫌なこと不安なこと恐ろしいことたくさんあるけれど、そうちゃんなぎちゃんほどに大切なものがあろうかと思う。弱くあってはいけないと思う。

洗面台でなぎちゃんをお風呂に入れながら、ごはんの準備をしながらそうちゃんの話を聞きながら部屋の片付けしながら電話やインタホンに対応しながら明日の準備をする。

我ながら…だけど、色々できるようになってきたなと思う。今、お母さん5年生。チャンテツとふたりの子たちに、感謝します。お母さんにしてくれてありがとう。

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by tyukita | 2016-07-18 21:48 | 1104〜育児、育自

OH HAPPY DAY!!

音楽とか、絵画とか、芸術の持つ力はすさまじいと感じる。
神がかったものを感じる時がある。
ゴスペルなんかを聴くと、「神はいるのか?」という問いが極めて現代日本的な、歴史的にも地理的にも非常に限定された問いであると感じる。

決して学業成績が良くないはずの彼が、「神はいない」と言うのなら、それはすごく悲しい出来事だ。
彼は、毎朝陽が昇る喜びを、偶然の当然と思って淡々と過ごすのか。
身の回りに起きた不幸な出来事を、ギフトとは捉えられず、まんまと悲しみに敗北するのだろうか。
せっかく親になったのに、この愛しい気持ちを、誰に感謝するのだろうか。
孤独は孤独のままで、不幸は不幸のままで、この人生はこの人生だけのもので、この出会いもただの偶然で、彼の中では虚しく消えていくのだろうか?

機嫌の良い、幸福な子を愛することは比較的容易だ。
しかし、我が子が悲しみに接した時、孤独の淵に佇むとき、不器用に噛みついてくるとき、無条件に愛することは難しい。親の愛の真価が問われる。
悲劇を演じる我々を、孤独な夜を過ごす我々を、親なるものに不器用に噛みつく我々を、無条件に愛してくれる存在があることを、辛い時にこそ思い出して欲しいと願っている存在がいることを、自分が親になってもまだ気付くことができないのか。

先の大戦でShintoismを掲げた日本が敗戦国になったことや、終わらない中東の悲劇や、十字軍を思わせるアメリカの正義や、近代日本に生まれた際物新興宗教の乱立が、今の彼を作ったとしたら、私はそれらを憎む。




飽きるほど無数に、飽きるほど毎日輝く夜空の星たち。
偶然に思われる出来事であっても、当然過ぎて忘れ去られた奇跡であっても、何億光年も超えて眺めると、実はこんなに瞬いてることをどうぞ忘れないで欲しい。あなたの孤独がいつか慰められますように。
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by tyukita | 2016-06-29 00:06 | 1104〜育児、育自

お久しぶりに

書きます。
忙しいのでしょうね、最近は。
なかなかアウトプットの意識になりません。
ふと気付いたら、このブログ書き始めてもう時期10年が経つ!
この10年で、いちばんの出来事は、やはり親になったことです。そして、それによる、自分の心の未熟さというか、弱さ、無知さをほんの少し知れたことかな。

これからの10年、また気持ち新たにがんばろう>_<!

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by tyukita | 2016-05-15 01:22 | 1104〜育児、育自
今日、職場に来てる子がそうちゃんを泣かせて、私はその現場を見てるわけではなかったので、二人を呼んで事情聴取をした。
そしたらその子はいきなり、「ごめんなさい。今度から優しくします」と言って解決みたいな素振りをした。いやいやいや、あなた本当に悪いことしたの?してないなら謝らなくていいんじゃないの?と言うと、「ほんならそうちゃんが謝ってや。早く遊びたいんじゃ」と言いやがる。
この一連の会話で、いわゆる「子ども」と「大人」の温度差をすごく感じた。
以前、別の子たちがトラブルになった時も、他のスタッフが謝らせようとしたら、被害を受けた子が謝るということもあった。

謝らせたいのは大人だけで、子どもは、泣かした方も泣かされた方も早く難しい話から解放されて遊びたいのね…

謝らせたいのは大人だけ。
なぜ?
そりゃあ、悪いことしたら謝れる人になって欲しいからだ。
でも、当の本人たちが(泣いている方も)悪いことが起こったと思ってなかったら?
そしてよくよく考えると、互いに理由があって、特に悪意があってだとか意地悪でだとかではなかったら?

なんだか、考えてしまう。
「謝らせたいのは大人だけ」もしくは「親だけ」。子どもたちは「小さい大人」ではなく、必要な発達段階途中の子どもであり、大人とは違う文化があるんだろうなあ〜。
謝りゃいいってもんじゃない。
まだ、未消化なトピックです…。

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by tyukita | 2015-12-10 21:47 | 1104〜育児、育自
私は子離れしてないと思う。
私は過保護だと思う。
でも、それって必要だと思っている。
育児に求められるものは場所でも時代でも違う。子どもが働く国もあるし、時代もあるし、謝らないのが生きる知恵だったり、すぐ謝るのが処世術だったり、大人になっても親と寝るのが当たり前だったり、子どもは別室が基本だったり。どんな方法がベストかなんて、周りの意見だけでは翻弄されてしまう。
育児をするとき、「これからの時代」「これからの日本」を考える。
世界はざわついている。しかし日本は平和だ。正確には平和ボケしている。グローバル化が進んでいる。いや、進むべきだというべきか。兎に角、過去のように小さな島国で和を乱さず穏便に過ごすことが美徳とされる時代は終わった。右ならえの調和ではなく、個性を包括した上での大調和が、求められる。

だから、
ここからが本題なのだけれど。
だから、子どもには「人と違って恥ずかしいよ」という理由でしつけることは絶対したくないと思う。そして、なるべく、「お父さんとお母さんはこう思うけどね、自分で決めるんだよ」と言ってあげたい。今は大人の庇護のもとで自由にならないこともあるけど、大人になったら自由だよ、責任も生まれるけどね、と言ってあげたい。あれはいけないこれはいけないと厳しく言うことがしつけだと言う人がいるけれど、目を離さずじっと見てあげることこそ大事だと思う。それは、これからの時代、他者の理解のためには根気と忍耐が必要とされるからに他ならない。時代と場所によって子育ては変わっていいと思う。それぞれで学ぶことがある。

これからの日本のこれからの時代は、親も根気と忍耐と受容と違いを楽しむことが大事かな。そう思って育てていきたい。


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by tyukita | 2015-11-29 13:03 | 1104〜育児、育自

本人が言うんだから

最近職場でちょっとごたごたがある。
どちらの言い分も詳しくは知らない。
私もちょっと思うこともあったりする。こう考えたらいいんじゃないのかな?とか、思うけれども、でも、だって、詳しくは知らない。だし、 相手も意見を言われたくて話してるわけじゃないんだよね?
人間は一度にふたつ以上の感情は持てない。
話して受け入れられてすっきりして、その次に何か楽しいことがあれば、気持ちの方向性が変わるんじゃないか?
本人が言うんだから、それが真実なんだ。
自分のことを考えてもそうだもんな。
聞き上手、受け入れ上手になりたい。

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by tyukita | 2015-11-18 23:21 | 1104〜育児、育自

地獄からの復活

つわりがしんどすぎて…自分史での肉体的苦痛の中では堂々の第1位でした。
安定期になったら、是非書き残しておこうと思ったことがあります。

それは…
『本人が辛いと言ったら、辛いんです』
それを、辛いね、と言って欲しいだけなんです…それを、今度は、だれかが辛い時言ってあげようと思います。

つわりは病気じゃないとか、もっとひどいひとがいるとか、おめでたいことなんだからとか、必ず終わるんだからとか、たくさん励ましの言葉をかけてもらっても…、そんなことは重々承知。でも、今、辛いんです…言っても変わらないけど、言わせてください…「幸せの基準は自分の物差しで決めるのに、不幸の基準は(不幸じゃないけど)自分で決めちゃいけないの⁇」なんて思ってました。

つわりの初期3日ほど。上の子いるから頑張れるかなと思ってた。仕事してるから気が張っていいかなと思ってた。でも、そんなレベルじゃなくなった。すぐ水も飲めなくなって、胃の中にぬらりひょん、肺の中にでかいバルーンが居据わり続け、よだれをだらだらと吐く…と、ここまで書いて、思い出したくなくなったので笑終わります。

ほんと辛い2ヶ月半だった。つわり終わるまで昏睡したいと思った。でも、人生には時々腑に落ちない落とし穴が用意されていて、そこから身動き取れず孤独に夜空を眺めないと見えてこないことがある。星の瞬き、月の美しさ、人の優しさだ。

チャンテツ、そうちゃん、私の入院中、本当によくがんばったね。
チャンテツのお母さん、今でも料理届けてくれて、わたしがダウンしたら献身的に介護してくださってありがとうございました。
青森のお父さんお母さん、四歳児の子守は体力の限界だったね。フルスロットルで約1ヶ月、お世話になりました。
助けてくれている友だち、温かい声をかけてくれた職場の上司、ありがとうございます。
赤ちゃん、勇気を出して私のお腹に降りてきてくれてありがとう。

チャンテツ、いちばんのいちばんにありがとう。




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by tyukita | 2015-09-29 11:06 | 1104〜育児、育自

料理レパートリー

ちょっと昔の自分のブログを見ていたら、今より色んなものを作ってるなあと思った。最近は朝はずっっっとパンだけど、おかゆにしたりグラタンしたり、フルーツとヨーグルトつけたり…パン作ったりチーズケーキ作ったりしてた!なぜ?
住んでた場所が、結構おしゃれで美味しいお店が多くて、あとグルメなご近所さんがいてごはん招待してもらったり、あと勤めてたパン屋さんもみんな食べるの大好きだったから情報交換したり、近くの朝市で美味しそうな野菜とかパンとか買ったり…してたなあ。だから、家でも『外で食べた美味しいアレが作りたい』ってことで色々作ったりしてたけど、ちょっとお高いの買ったりしてエンゲル係数がすごく高かったなあ〜。
でも、それにしても、最近はマンネリだった。忙し過ぎた。1日フルで働いてごはんもちゃんと作るって、わたしには無理だったな。手早さも大事だけど、結構野菜を細かく切ったりが好きなので、じっくりやりたい気持ちもある。
今ちょっと体調崩して入院してるんだけど、来週には退院できる(たぶん)から、そしたら、もう少し家のことに時間かけよう。
いやね、保育士試験の試験勉強してたんです。集中して。そりゃあもう学生時代を思い出して。空いてる時間は勉強優先。移動時間やトイレでも暗記してました。そしたらね…勉強が原因じゃないんだけど、入院して試験を休んでしまいました。意外に心は晴れています。清々しいです。来年また受けます。とりあえず、スローテンポで生活に戻りたいと思います。

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by tyukita | 2015-08-09 08:27 | 1104〜育児、育自
前から二度ほど「これ、もらったんよ」と言って壊れた何かの蓋?おまけのちっちゃいおもちゃ?を見せてきたことがあったが、くれた子の名前を聞いても私の知らない子だったし、本当にそれこそゴミみたいなでも子どもにはおもちゃ?みたいなものだったので、気になりつつも問い詰めなかったのだけれど、昨日、「これ、幼稚園にもらったんよ」と明らかに幼稚園の大切なブロックをカバンに忍ばせて持ってきた。
その場で、幼稚園の先生に、そうちゃんおもちゃもらったって言ってるんですが、と念のため確認したら、先生も驚かれて、でも、「明日持ってきてね」という対応だった。
家に帰ってから、
「そうちゃん嬉しかったな、先生が気づかなくて」などと言うものだから、本当に、どうしたものかと考えた。
おかあしゃんに見せたかったらしい。それもそうかもしれないが、先生に見つからなかったことに喜びを感じたのなら、虫取りみたいな、ゲーム感覚?だったのか?

言いましたよ。
おかあしゃんに見せようと思ってくれてありがとう。でも、今度から先生に言って取っておいてもらって、お迎えの時に見せてね。いつもあるおもちゃがないと先生もお友だちも困っちゃうよ。そうちゃんも遊ぼうと思ってたおもちゃないと嫌でしょう?

…ふにおちてない?いや、わかってるのか?微妙な表情。

はっきり言って、それは悪いことなんだよ!

そう言ったら、ハッとして、「じゃあ隠そう」だって。

…いやいやいや。


しかし…
そうちゃんにとってもし虫取りと同じようなゲーム感覚なら、「取られたら相手が悲しむよ」という理屈は、なぜ虫に対しては適用されず、人間社会にだけ適用されるべきなのか?
…と疑問に思わないだろうか。というか、私が思った。
そこには、相手が悲しむというよりかは、そんなことをしたら自分が嫌われて困るとかそういう利己的な理由で動いている自分がいるなと思った。虫には嫌われても構わないもんね。

生き物である以上、食べ物も必要だし、自分に害がありそうな虫や動物を駆除することもあるし、楽しんでハンティング(虫取りや釣り)をすることがある。人間同士だって、自分の不甲斐なさで迷惑かけたり、傷つけたりすることも多々ある。だから、「悲しませない。迷惑をかけない」ことを至上目的にするのは、偽善だと思うのだ。だけど、そこになんらかの節度を与えるとするなら、やはり、相手の気持ちを想像してみる、ことなのかなと思う。自分とは違う相手の気持ち…。

食べるにしても、この魚の命を想像してみたり。そしたら、手を合わせて心からいただきますと言えるかもしれない。殺すにしても、蚊の命を想像してみて、そもそも網戸をしっかりして入って来させない対策をするとか。
迷惑をかけるにしても、仕方ないと開き直らないで、自分もいつか人に対して寛容になれますようにと少し念じてみるとか。
周りに意識が向けられるって結局自分のためで、自分は孤独じゃない、自分も神様に愛されていることの確認になると思うんだよね。

そうちゃん、おかあしゃんと一緒に万物に想像を働かせて、なるべく、相手を選ばす真摯に生きていこうね。



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by tyukita | 2015-07-23 13:38 | 1104〜育児、育自